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  1. 日紡貝塚(1)
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ロスのチームは

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月28日(日)22時09分32秒
  ファイト剥出しのユニチカの泥臭いスポコンバレーてイメージは無いですね。とちらかと言うと話題性とスマートなてクールのイメージですね、日立主体、ユニチカ主体のイメージですが小島全日本は 8割り形、守備練習でコンビネーションバレーが日立中心チームとく比べると好き無いですね。ロスチームはコンビネーションバレーを読まれて梁艶ねフロックにシャットアウトされても広瀬がレギュラーなら拾えたと思えるシーンもありました。また郎平のスパイクも日立が核なチームだったのでコースを制限出来れば広瀬がスパイクを拾えたんじゃないかと言ったシーンもありました。中国もライトは鄭美珠の低いブロックだから杉山の心が強ければ上から得意のストレートを打てば善戦出来たと思います利部のサーブも、イマイチでしたが低行飛行サービがアジア選手権並みに打てれば勝てたかも知れませんね。残念ながら最後まで小島、山田バレーの融合は出来ませんでした。また18才カルテットの話題作りはピンチを救う選手の枠が、その分減ったのは残念てました。廣、宮島の代わりに水原、小川が控えに居れたらチームに余裕が出来たと思います。銅メタルは変わりなかったと思いますが、わさと2位通過してればオリンピックは監督を含めて決勝進出野中国なら知将ギビ監督の弟子の山田監督なら一発勝負なら金メダルだったかも知れませんね、歴史を振り振り替えると残念な戦略も公共ありました。  
 

そーですね。アルタガモワさん残念ですね。

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月28日(日)14時23分9秒
  74年世界大会からは日本チームの反撃の時期ですね。それまでは根性バレーで頑張って頑張って単独チームでもナショナルチームでもソ連に勝ったり負けたりしても、いざ本番だと知将ギビ監督に、前評判は有利と評価されながら、リスカルを温存させて決勝戦だけ全開に暴れられた、メキシコオリンピック、ブルガリアの世界選手権は決勝リーグの対戦順でソ連、有利に組まれて日本チームは北朝鮮とソ連との試合を決勝リーグ1戦2戦と組まれて負けたり、ミュンヘンは1日、決勝戦の日程が延びて主力選手が生理になったり隠し球のチュリナの活躍と白井の大活躍もフルセット目、後衛スタートのミスがあり負けたりとか、ことごとくギビ監督の作戦に打ち負かされて青春を懸けてバレーボールに打ち込んでも涙を流した後輩に打倒ソ連に託した時代が74年からの大反撃になった痛快さは面白かったですよ。バレーボールの練習を一生懸命頑張ってもギビ監督の作戦に本番は屈した事で何回、何十回、試合に勝っても本番一発勝負に勝てないと評価されない無情も私は学べました。またどんなに強いチームも長い短いはあるが王座は必ず交代する事も学びましたね。面白かったし日ソ2強時代は判りやすかったですよ。なんたってオリンピックの決勝戦は4大会連続同じカードは宿命のライバルて感じでした。  

カルバハル様

 投稿者:アルタガモワ  投稿日:2017年 5月27日(土)23時20分45秒
  本当にそう思います。モスクワ五輪チームから日立主体のチームがアメリカと試合をしているのを観て樹理、水原の強打のイメージが何となくパワーが無い新しい馴染みが無いな~と思ったのがロスチームがの印象でした。個人的には74年の世界選手権辺りからじっくり観てれば・・・と思います。また色々なエピソードを教えて下さい。  

アルタガモワさん

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月27日(土)23時12分46秒
  もう少し昔のバレーボールから観ていたら、もっと面白かったのに残念ですね。日ソが強化の時代は面白かったですよ。日ソ対抗で日本チームとソビエトチームの、ばかしあい試合で本番の試合の為に駆け引きがあり楽しかったんですよ。知将ギビ監督に小島、山田、船山監督が挑戦しても本番では勝てなく山田監督が、よいやく、コテンパンにギビ監督に勝つ物語を面白かったです。そして日ソ以外も強くなり拾いまくるファイト日本チームも面白かったですよね。男子のスパイクを女子の広瀬美代子が拾いまくる神がかりのレシーブは今のリベロ人も参考になります。ロス五輪チームのスマートなバレーも面白いですが、その前のスポ根バレーボールも面白いですよ。  

83~4年 あれこれ

 投稿者:JIJI  投稿日:2017年 5月26日(金)20時06分31秒
  >アルタガモワさん

廣美里は83日ソ対抗第5戦で先発していて、高校生トリオの活躍にかき消されてしまいましたがスタッツでは宮島と同じぐらいの活躍を残していた様です。一応同年に開催されたエドモントンユニバで銅メダル獲得していますが大会のレギュラーは東北福祉大1年の佐藤伊知子に譲っていました。教員志望だったようですし、妹との話題作りの感は否めませんでしたが、当時としては大型選手でしたし磨けば光った選手だったのかな?。

原哉祐己ですが、一応82アジア大会では最終エントリー12名に選出されていました。
残念ながら彼女のプレーを見たことがありませんがパンチ力があると評されていましたよね。

監督 生沼スミエ

1 江上由美  日 立  25
2 森田貴美枝 日 立  24
3 三屋裕子  日 立  24
4 広瀬美代子 ユニチカ 23
5 若生美喜子 ユニチカ 22
6 石田京子  日 立  22
7 荻原則子  ユニチカ 22
8 杉山加代子 日 立  21
9 原 哉祐己 日 立  21
10 小高笑子  日 立  19
11 鈴木ひとみ ユニチカ 19
13 中田久美  日 立  17

小田初枝の辞退ですが、所属チームのヨーカドーは、当時、小田正道監督の病気療養に伴うゴタゴタが尾を引いていて若手ばかりのチーム構成になっていましたが、84年度から新体制として遠藤祐介監督が正式に就任するタイミングだったこともあり、チーム事情を優先して辞退となったと記憶しています。
仰る通り、センターに江上と三屋に加え石田がいる状況では小田がロス五輪メンバーに食込める余地はほぼ無かった事も大きかったように思います。

83年の日米対抗の江上-中田のセンターセッターシフトは本当に面白かったですね。三屋が「辞めればいいんでしょ!」とキレたのはこの頃でしたでしょうか?。五輪対策で手の内隠しが本意だと思いますが、高校生を加えた変則シフトでもシレっとアメリカに勝ちこしてしまうあたりメダルへの夢がぐっと膨らみました。
当時山田監督は今回のツーセッターはソウル五輪への布石と発言していましたが、確かに87年に江上が復帰する際も中田とのツーセッターを試みていたので(結局中田の怪我で頓挫してしまいましたが)、長期的な視点はさすがだなと思います。

>カルバハルさん

仰るとおり、背番号は年齢順の方が見ていて分かりやすいですよね。年齢順に戻して、若い背番号を背負うことはバレー選手としての誇りだと思って欲しいです。

(一部敬称略)
 

83~4年は面白かった

 投稿者:アルタガモワ  投稿日:2017年 5月24日(水)12時22分24秒
  日ソ、日米対抗で江上ー中田のセンターツーセッターで杉山、小高の二枚ライトやレフトに高校生カルテット等々今ではそんなパターンは見られませんね
三屋、森田が控えで劣勢になり三屋がコートinし大きくふかした事がありましたが山田監督への無言のメッセージだったのでしょうか?
いずれにせよ海外チームに安心して日本の良い所が見れた最後の時代だったのですかね?
ソウル前はもうペルー、ソ連等には勝ててませんでしたもんね。
 

Jiji様

 投稿者:アルタガモワ  投稿日:2017年 5月24日(水)12時15分11秒
  ありがとうございました。そう言えば廣選手のお姉ちゃん入ってましたね。
83年の日ソ対抗?入ってましたね。一番驚いたのは原選手がエントリーされていたのにはビックリしました。
中田選手の12番はもう決まり(ロスの最年少は中田)だったからですね。
タッチの女王小田初枝選手の辞退は
どうせ使われないのが分かっていたからですかね?
 

女子バレーの伝統

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月24日(水)11時43分23秒
  年令順が良いですね。素人もベテランが入ったとか若手を試してるとか分かりやすいですからね。  

ロス五輪の背番号

 投稿者:JIJI  投稿日:2017年 5月24日(水)00時21分21秒
編集済
  >アルタガモワさん

84年ロス五輪時の背番号ですが、83年の全日本の背番号が基準になっていました。(以下敬称略)

83年度初期エントリーの18名から83アジア選手権の最終エントリー12名になった際に、原、武内、廣美里に代わって廣紀江、大谷、宮島が繰り上がりました。

83年度全日本  84年度全日本(1~12がロス五輪出場)

1 江上由美  → 1 江上由美
2 森田貴美枝 → 2 森田貴美枝
3 三屋裕子  → 3 三屋裕子
4 広瀬美代子 → 4 広瀬美代子
5 石田京子  → 5 石田京子
6 利部陽子  → 6 利部陽子
7 原 哉祐己 → 7 廣 紀江
8 杉山加代子 → 8 杉山加代子
9 武内広子  → 9 大谷佐知子
10 廣 美里  →10 宮島恵子
11 小高笑子  →11 小高笑子
12 中田久美  →12 中田久美

13 加藤広子  →13 加藤広子
14 中村利恵  →14 井上英子
15 小野弘美  →15 斉藤ひとみ
16 大谷佐知代 →16 杉本里香
17 廣 紀江   -- 小田初枝
18 宮島恵子

84年度初期エントリーは83アジア選手権の12名の背番号(1~12番)がそのままで、13番以降に利部とロス五輪代表最終枠を争った加藤とセンター候補(小田はチーム事情で辞退)が選ばれましたが、結局84ロス五輪12名は、83アジア選手権と(背番号共に)変更はありませんでした。

調べてみて面白かった事は、83年度の背番号は基本は年齢順なのですが、中田だけ何故か繰り上がっている点です。
84年度の日立の背番号も中田と宮島だけ繰り上がっているので、当時は背番号順に関して何か意図があったのかもしれません。
 

昔の話し

 投稿者:なかたひさみ  投稿日:2017年 5月21日(日)17時18分28秒
  ミュンヘン後、松村、生沼、岩原と次々と各チームの大将で、セッターだった選手が引退してセッター不足だと思いました。ソ連も大ベテランのブルダコーワが引退さて後任セッターのベルゲン、ムラジャンと繋ぎましたが日本は今も歴代ナンバー1の松田と、その松田の怪我で74年の世界選手権の参加が出来なくなった代役で金坂がセッターを務めて女子バレー日本女子最強時代が来ました。大物セッターが引退後に松田や金坂が実業団からセッターになったのにすい星の如く現れた時は、やはり凄いですね。そんな事が今の女子バレーに起きて欲しい。  

宮下遙

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月20日(土)13時28分1秒
  あの河西さんも始めは下手くそで、アダ名は、カカシでした、
カカシにボールを回さないとか言われましたが努力して大松監督が社業で練習に来る前は河西さんがコーチして大松監督より厳しいとも言われ世界制覇して東京オリンピックで金メダルを取りました。宮下遥も、経験を積んでるんで頑張って欲しいです。竹下もアテネでは勝ってた韓国に破れてベスト8からオリンピックが始りました。宮下もキャリアだけは日本チームではありますから今後、チームを引っ張り先輩に頼らず逆に引っ張るようになったら一皮剥けて素晴らしいセッターになるかも知れません。セッターが育てば、まだまだ頑張れると思いますよ。問題は女子バレーの人気低下で層が薄くなる事です。
 

ブルガリアの世界選手権

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月19日(金)11時45分37秒
  レギュラーは松村、岩原、小野沢、浜、山下、古川です。飯田はユニバーシアードが終わってから合流して、やはり、その時のソ連戦は古川が調子悪く飯田が助っ人で頑張りました。日本は決勝リーグの組み合わせに恵まれず決勝リーグ第1戦で当時はソ連より怖いと言われた北朝鮮に大接戦3―1で破りましたが第2戦でソ連と当たり1―3で惜しくも破れて銀メダルでした。当時はソ連の衛星国のブルガリアでの世界選手権だからソ連が戦い易い試合の順番でチェコに不覚をとって負けた北朝鮮とソ連は最終戦で当たりソ連が金メダル、日本が銀メダル、北朝鮮が銅メダルでした。残念ながら今の日本は開催国で組み合わせが有利でも、なかなか勝ち星に恵まれです。  

ミュンヘン

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月19日(金)01時08分13秒
  古川は調子悪かったから浜に代えるべきでしたね。松村のスパイクは、おせいじでもスパイクは上手でないですね。ジャンプも低い当時の高校生位です。確かに松村のリーダーシップがあるので松村のワンセッター、対格は山下、センター飯田と生沼、レフトは浜、島影ではレギュラーで良かったと思いますね。松村の交代に岩原、レフトの控えは白井、岡本、センター控えに古川、ビンチレシーバーに山崎、ライトに塩川を使い分け調子が良い選手を使えば良いでしょう。調子や体調を考えて臨機対応して居れば、そこに馬鹿当たりしてる白井が居たから勝機は充分あったでしょうね。ミュンヘンの生残りでモントリオールに繋がったのは白井、岡本、飯田と要になった選手が残ったのが良かったです。モントリオールで荒木田が最後まで残ったのは不思議です。やはり、組織的にも永木がピンチサーバー、レシーバーに入れてたら韓国との準決勝の1セット目 13―13と接戦で横山のパワフルスパイクで逃げきれましたが。もっと楽勝だったと思いますよ。吉田は余り調子良くなかったから会田の方が当時は実力は上でしたが山田監督はモントリオール御の構想があり会田は辞退したんでしょう。個人的には絶対の強さがあったから須藤と江上も吉田、加藤の代わりでも結果、金メダルだったと思いましす。

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ミュンヘン五輪

 投稿者:酒井  投稿日:2017年 5月18日(木)18時45分25秒
  松村はサーブと守備が良く、精神的な支柱でもあり、経験値を考えても外せなかったでしょう。
いっそ松村のワンセッターで、控えセッターに塩川と岩原、レフトに古川と島影で先発、
センターに生沼と飯田、ライトに山下にしても良かったかも。
これでもレフトの攻撃力が頼りない感じがします。
ブルガリアの世界選手権では島影のところに浜が入っていましたが、攻撃力とブロックは浜のほうが上だったでしょうね。
ただ浜はやや性格的におとなしかったので、ユニチカ中心のチーム構成だということと
島影のムードメーカー的な性格を考えて、スターティングメンバーは島影になったんじゃないでしょうか。
この辺りは誰が出ても準決勝の韓国戦までは日本が勝ったでしょう。
強敵と言われた北朝鮮にもサードセットは少々手こずりましたが、危なげなくストレート勝ちしました。
若手の白井と岡本はパンチがあったものの、技術的にまだまだでしたが、ミュンヘンの敗戦がモントリオールにつながりました。
 

バレーボール協会

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月17日(水)19時31分5秒
  昔からダメですよね。結局、田頭チームの強化で企業の協力でロスオリンピックまでは単独チームを核にして他のチームから少し選手を強化してオリンピックでメダルを取得しました。バレーボール協会の強化でメダルに繋がったのは、ラッキーな組み合わせのロンドン五輪だけでしょう。ハッキリ言えば協会は役に立たないむしろ、足を引っ張る事は多々あります。メキシコ大会も協会が足を引っ張り強化が遅れましたが銀メダルでした。日立の山田監督も、もう協会には頼らないでモントリオールの金メダルに繋げロスオリンピックも単独日立に肉付けしたチームでした。協会の強化ミスで強化より興業優先になったり、小島バレー山田バレーを融合させようとして大失敗、挙げ句の果てはベテランを外し、体格だけ良い自チームでもレギュラーになってない選手を招集したりして、遂にシドニーは最終予選開催国でありながら出場権は取れず女子バレーの伝統の火を消してしまったり八百長事件まで起こし、少しは改善されましたが世界トップからは実力は開く一方どころか実力も落ちてますね。新チームのキャプテンも、まだ決められないし、既に海外のチームから強化も遅れてますね。身体能力が劣るなら、どこよりも早く、どこよりも長く、どこよりもお金を掛けて強化しないと東京オリンピック間に合いません。世界選手権で成績が悪ければ監督を交代してWカップで成績が悪ければ監督を変えてオリンピックを迎えるのが予想出来ますね。昔なら今頃は日ソ対抗で選手の強化や試してる時です。協会は何を、やってるんでしょう。お先真っ暗ですよ。日立OGが監督してますが期待してる人も居ますが故山田監督の教え子じゃ山田監督以上には成れないです。バレー協会を、まず一新しないと未來は無い企業スポーツは、とっくの昔から限界になってます。廃部した企業チームは数多くあります。  

第4回世界選手権な

 投稿者:なかたひさみ  投稿日:2017年 5月17日(水)05時50分18秒
  かつて、ニチボー貝塚、単独チームが世界制覇する事は今の時代は多国籍チームだから強いけど無いでしょうね。  

ナショナルチームの栄誉より

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月16日(火)18時58分58秒
  クラブチームで食べて行く方を選ぶ選手が、益々、増えるでしょうね。金メダルを持ってもご飯は食べれない。柔道から女子プロレスラーになった神取忍が似たような事を言ってました。例えば、その国のナショナルチームが経済的に強化出来ない為にバレーボールの個人として能力のある選手はクラブチームを渡利歩いて豊かな生活の為に資金が豊かな人気クラブチームに入り稼ぎます。野球で言えば巨人軍に入り活躍したい。オリンピックの野球で金メダルを取りたいとは強く思う選手は少ないでしょう。アゼルバイジャンの選手なんかはオリンピックどうこうよりクラブチームで活躍して金持ちになりたいと思ってるでしょうね。日の丸を付けてもレギュラーでオリンピックのメダリストにならない限り講演会なんかで稼ぐのは無理でしょう。最強のクラブチームはオリンピックの金メダルチームより強い時代は世の成り行きになるかも?知れませんね。  

昔のクラブチーム

 投稿者:カルバハル  投稿日:2017年 5月16日(火)12時09分12秒
  ディナモ、モスクワ   ツェスカ、モスクワ   ウラロチカ、スベルドフスク、ニチェフ、バクー、アウトモビスト、タシケント、ロコモチェフ、キエフ、ADKアルマアタ、TTUレニングラード、ブレベスニック、オーロラ、リガなど有りましたね。他にも韓一合繊、湖南鵜精油、美都波デパート、鮮京合繊、高麗證券、現代建設、泰光産業とかありましたね。  

単独チーム

 投稿者:なかたひさみ  投稿日:2017年 5月15日(月)06時19分3秒
  昔は単独チームのトップチームならソ連以外のナシュナルチームに勝ちました。チームは日本人オンリーでした。今は海外の単独チームは多国籍チームになり、ナショナルチームのトップチームより強いかも?知れませんね。トルコナショナルチームは強いけどトルコリーグ、クラブトップチームの方が強いんじゃないでしょうか?そんな世界クラブカップもマスコミには取上げられない。  

背番号

 投稿者:さだこ  投稿日:2017年 5月13日(土)19時44分50秒
  アテネ五輪までは、年齢順でしたね!
同じく年齢順に戻してほしいですね。

多治見麻子とかなんて、
12→9→11→9→10→12→1→2
でしたね。
 

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